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「子どもに何を教えられるか」──保育士として働き始めた頃、私はそんなことばかりを考えていました。けれど、保育園で過ごす日々を重ねるうちに、その考えは少しずつ変わっていきました。
泣く、怒る、笑う、失敗する、立ち止まる。そのすべての瞬間に、子どもたちは大人が忘れてしまいがちな“生き方のヒント”を隠し持っていました。
この記事では、保育園で実際に出会った子どもたちとのエピソードを通して、私自身が教わった子育ての大切な視点をお伝えします。
子どもは毎日、全力で「今」を生きている
ある雨の日の朝、登園してきたAくんは、玄関で思いきり転びました。靴を履こうとしてバランスを崩し、膝を強く床にぶつけてしまったのです。大粒の涙を流しながら泣くAくんを抱き寄せ、「痛かったね」と声をかけました。
しばらく泣いて気持ちが落ち着いた頃、私は「今日はゆっくりでいいよ」と伝えました。しかしその直後、Aくんは園庭の窓を指さし、「あ、ダンゴムシいる!」と目を輝かせたのです。ついさっきまでの涙はどこへいったのかと思うほど、気持ちはすっかり切り替わっていました。

大人ならどうでしょうか。転んで恥ずかしかった、痛かった、今日はついていない──そんな思考が頭の中をぐるぐる回り、気分を引きずってしまうことも少なくありません。でも子どもは、「今、目の前にある面白さ」にすぐ心を向けることができます。
この姿を見たとき、私は「子育てにおいても、親が先回りして気持ちを引きずらせなくていいのかもしれない」と感じました。泣いた事実よりも、次に何に目を向けたか。その切り替えの早さこそが、子どもが持つ大きな力なのです。
「できない」より「やってみたい」が成長をつくる
年少クラスのBちゃんは、身支度にとても時間がかかる子でした。上着のファスナーは何度も途中で引っかかり、靴下はかかとがずれてしまいます。忙しい朝の時間帯、正直なところ「手伝ってしまいたい」と思う場面もありました。
それでもBちゃんは、いつも小さな声で「じぶんでやるの」と言いました。周りの子が先に遊び始めても、焦る様子はありません。うまくいかなくて眉間にしわを寄せながらも、手を止めずに挑戦し続けていました。

十分以上かかって、ようやくファスナーが上がった瞬間、Bちゃんは私の方を見て、少し照れたように笑いました。その表情には、「できた」という達成感と誇らしさがはっきりと表れていました。
もしあのとき、「時間がないから」と大人が手を出していたら、この経験はBちゃんの中に残らなかったでしょう。子どもにとって大切なのは、結果よりも「自分でやりきった」という感覚。その積み重ねが、自己肯定感の土台になるのだと、現場で何度も教えられました。
感情をそのまま表現できる環境が心を育てる
Cくんは感情表現がとても豊かな子でした。嬉しいときは飛び跳ね、悔しいときは大きな声で泣きます。ある日、友だちとのトラブルで思いきり泣き崩れてしまったことがありました。
私はすぐに解決策を提示するのではなく、Cくんの隣に座り、「悔しかったんだね」「本当は一緒に遊びたかったんだよね」と気持ちを言葉にしました。すると、しばらくしてCくんは自分から「でも、つぎはかしてっていう」と話し始めたのです。

感情を受け止めてもらえたことで、Cくんは自分で次の行動を考える余裕を取り戻していました。子どもは、感情を否定されると立ち止まりますが、受け止められると前に進めるのです。
家庭でも同じで、「泣かないで」「怒らないで」と感情を止めるより、「そう感じたんだね」と共感することが、結果的に子どもの心を落ち着かせます。これは保育園で何度も見てきた、確かな事実です。
大人が完璧でなくても、子どもは育つ
ある日、私自身が余裕を失い、きつい口調で注意してしまったことがありました。あとから強く後悔し、子どもたちが落ち着いたタイミングで「さっきは言い方がきつくてごめんね」と伝えました。
するとDちゃんが、「だいじょうぶだよ。せんせいもつかれちゃうよね」と言ったのです。その言葉に、胸がいっぱいになりました。

大人が失敗を認め、謝る姿は、子どもにとって「人は間違えてもやり直せる」という大切な学びになります。完璧な親や保育士でいようとするより、誠実であろうとすることの方が、子どもにとって安心なのだと実感しました。
子どもは“小さな先生”として日々教えてくれる
保育園で出会う子どもたちは、毎日違う形でメッセージをくれます。「急がなくていいよ」「失敗しても大丈夫だよ」「今を楽しんでいいんだよ」──言葉ではなく、行動で。
子育てに迷ったとき、答えを外に探す前に、目の前の子どもをよく見てみてください。そこには、すでにたくさんのヒントが詰まっています。
子どもを見る目が変わったとき、子育ては少し楽になる
保育園で働きながら感じるのは、「子どもをどう育てるか」よりも、「子どもをどう見るか」で、子育てのしんどさは大きく変わるということです。言うことを聞かない、落ち着きがない、すぐ泣く──そんな行動も、見方を変えると「自分の気持ちを一生懸命伝えている姿」に映ります。
以前の私は、子どもの行動を「正すべきもの」として見てしまうことがありました。でも、保育園でたくさんの子どもと関わるうちに、「この子は今、何を感じているんだろう」「何を伝えようとしているんだろう」と立ち止まれるようになりました。
すると、不思議なことに、大人の気持ちが落ち着くと、子どもも少しずつ落ち着いていく場面が増えたのです。子どもを変えようと頑張らなくても、見方を少し変えるだけで、親子の空気はやわらぎます。子どもは、今日も静かに「そのままでいいよ」と教えてくれているのかもしれません。

まとめ|子どもから学ぶ子育ては、親の心も育てる
保育園で学んだ子育てのヒントは、特別なテクニックではありません。
子どもを信じること、感情に寄り添うこと、そして大人も完璧でなくていいと認めること。
子どもは「育てる存在」であると同時に、私たち大人を育ててくれる“小さな先生”です。今日もきっと、そっと何かを教えてくれているはずです。
・・・今日も一日ちはるびより
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