保育園の毎日は、子どもたちにとって「小さな社会生活」の始まりです。遊びを通して友だちと関わり、協力したり、時にはぶつかり合ったりしながら成長していきます。
そんな中で起こる「ケンカ」や「トラブル」は、決して避けなければならないものではなく、子どもたちの心を育てる貴重な経験の一つです。
この記事では、保育園でよく見られるお友だち同士のケンカをテーマに、保育士の視点から「なぜ起こるのか」「どのように関わるか」「仲直りの力をどう育てるか」について、エピソードを交えて詳しくお伝えします。

子ども同士のケンカはなぜ起こるのか
保育園でのケンカの多くは、ほんの些細なきっかけから始まります。おもちゃの取り合い、順番の争い、思いどおりにいかない遊び…。
特に3〜5歳の子どもたちは「自分の世界」を強く持ち始める時期であり、相手の気持ちを想像する力が発達途中です。
そのため、自分の思いが通らないとすぐに感情があふれ出てしまうことがあります。
たとえば、こんな場面があります。
積み木遊びをしていたAくんが、大きな塔を作っていました。そこにBちゃんが「一緒にやりたい!」と積み木を足そうとした瞬間、Aくんが「触らないで!」と怒ってしまいました。
Bちゃんはびっくりして泣き出し、Aくんも「だって壊されたくなかったんだ」と涙目に…。
このような出来事は、子どもの「自分の気持ちを守る力」と「相手と関わる力」がまだ同時に育っていないことから起こる自然な現象なのです。

ケンカは“悪いこと”ではなく、“成長の途中”
「ケンカ=悪いこと」と思いがちですが、実はそうではありません。
ケンカは「自分の思いを伝える練習」「相手との違いを知る機会」「感情を調整する経験」でもあります。保育士が上手に関わることで、ケンカのたびに子どもたちは少しずつ人との関わり方を学び、心の成長を積み重ねていきます。
保育士が意識するのは、「叱る」ではなく「気持ちを受け止める」こと。たとえば「○○が使いたかったんだね」「壊されたくなかったんだね」と気持ちを代弁してあげることで、子ども自身も安心して感情を整理できます。
感情を言葉にできるようになることは、ケンカの先にある“自分の気持ちを伝える力”を育てる第一歩なのです。

ケンカの背景にある「発達」と「個性」
子どもたちがケンカする背景には、発達段階や性格の違いがあります。
2歳ごろまでは「自分のもの」という意識が強く、まだ共有の感覚が育っていないため、「貸して」「順番」などの概念を理解するのが難しい時期です。
3〜4歳になると、友だちと関わりたい気持ちが強くなりますが、同時に「思い通りにいかない」体験が増え、衝突も増えます。
そして5歳ごろになると、少しずつ「相手の気持ち」を考えられるようになり、言葉で解決できる場面も増えてきます。
また、子どもによって性格もさまざまです。積極的に関わる子、静かに見ている子、感情を表に出す子…。
ケンカの起きやすさや仲直りの仕方にも個性が現れます。保育士はそれぞれの子どもの特性を理解し、「この子は今、どんな気持ちなのか」を丁寧に見つめることが大切です。

「言葉の力」を育てる保育の工夫
トラブルを減らすには、「言葉で伝える力」を育てる環境づくりが欠かせません。
保育園では、遊びの中で「どうしたいか」を言葉にする練習をします。
「貸して」「順番こ」「いいよ」などの簡単なやりとりを繰り返すことで、子どもたちは“伝えることで気持ちが通じる”経験を積み重ねます。
保育士が普段から「気持ちの言葉」を意識的に使うことも大切です。
「楽しかったね」「悲しかったね」「くやしかったね」といった言葉を日常的に交わすことで、子どもは自分の気持ちを整理する語彙を身につけていきます。
仲直りの瞬間に見える成長
ケンカのあとの「仲直り」には、子どもたちの心の成長がぎゅっと詰まっています。
泣いていた子が涙を拭いて「いっしょにあそぼ」と言えたとき、そこには「相手の気持ちを考える力」と「関係を修復する力」が芽生えています。
保育園では、保育士が仲立ちをし「どうしてイヤだったのか」「相手はどんな気持ちだったか」を話し合う時間を設けます。
この時間は、ただ仲直りを促すだけでなく、子どもたちが自分の気持ちを整理し、相手の立場を知る学びの時間でもあります。

「ごめんね」が言えるようになるまでのプロセス
「ごめんね」という言葉は簡単に見えて、実はとても難しい言葉です。
幼い子どもにとって、謝ることは「自分が悪かった」と認めることではなく、「相手との関係を大切にしたい」という気持ちの表れです。
保育士は無理に「謝りなさい」と促すのではなく、「どうしたかったのかな」「相手はどんな気持ちだったと思う?」と心に寄り添います。
するとある日、子ども自身の中に自然と「ごめんね」「いいよ」が生まれます。
その一言が言えたとき、保育士も思わず胸が熱くなるものです。仲直りの瞬間こそ、子どもたちの心が大きく成長した証です。

保護者ができるサポート
家庭でも、「園でケンカした」という話を子どもから聞くことがあるでしょう。そんなとき、大人がつい言いがちな言葉が「なんでそんなことしたの?」です。
しかし、まずは「そうだったんだね」「いやな気持ちだったね」と、子どもの感情を受け止めてあげてください。感情を受け止めてもらうことで、子どもは安心し、次にどうすればよかったかを考える余裕が生まれます。
また、園での出来事については、遠慮せずに保育士と共有しましょう。「最近、家でも同じようなことがある」「こんな対応をしてみた」など、家庭と園で情報を共有することで、子どもへのサポートがより一貫したものになります。

ケンカのあとに育つ「思いやりの芽」
ケンカのたびに、子どもは「人との関わり方」を少しずつ学びます。
最初はうまくいかなくても、「どうしたら伝わるかな」「どうしたら楽しく遊べるかな」と考える力が育っていきます。やがて、相手の表情を見て声をかけたり、手を差し伸べたりするようになるのです。
大人ができるのは、その小さな成長を見逃さず、温かく見守ること。
「ちゃんと謝れたね」「自分で伝えられたね」といった声かけが、子どもの自信につながります。
もしトラブルが続くようなら
中には、同じお友だちとのケンカが続く場合もあります。そのときは「悪い子」「問題行動」と捉えるのではなく、背景にある気持ちや環境を見つめ直すことが大切です。
もしかすると、思いが強すぎる・遊び方がうまく伝わらない・生活リズムの乱れなどが影響していることもあります。
保育士同士で情報を共有し、環境を工夫することで改善するケースも多いです。それでも難しい場合は、地域の発達支援センターや子育て支援窓口、厚生労働省の相談窓口など、専門機関に相談してみることも大切です。

まとめ|ケンカの中にこそ、やさしさの芽がある
保育園で起こるお友だち同士のケンカやトラブルは、子どもたちが人と関わる力を育てるための大切な経験です。
ケンカを完全になくすことよりも、その中で「どう感じたか」「どう関わるか」を一緒に考える時間こそが、子どもたちの心を大きく育てます。
保育士は、子どもたちの感情に寄り添い、家庭と連携しながら、一人ひとりが安心して人と関われる環境を整えます。そして保護者もまた、「今日、ケンカした」という話の中に成長の芽があることを知り、穏やかに見守ることが大切だと思います。
今日も、ちょっとしたケンカのあとに、また笑い合う子どもたちの姿があります。その小さな“仲直り”の積み重ねこそ、思いやりと人間関係の土台をつくる宝物なのです。
・・・今日も一日ちはるびより
・保育園での人間関係の築き方|はじめてのお友だちとの関わり方
・「ごめんね」が言えるようになるまでの心の成長を支える関わり
・登園しぶりの背景と、子どもの心のサインの見つけ方

