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保育園での毎日は、子どもたちの小さな挑戦と、それを見守る大人の祈りに満ちています。
笑顔の朝もあれば、涙の朝もある。泣いて、笑って、少しずつ世界を広げていく子どもたちの姿は、何度見ても胸が熱くなります。
今回は、保育士として関わったひとりの「泣き虫さん」からもらった“勇気”の物語をお届けします。
入園初日、涙でいっぱいだった男の子が、自分の力で立ち上がるまでの軌跡。その過程で保育士として気づかされた「信じて待つことの大切さ」も合わせて綴ります。
入園初日——涙の朝に始まった小さな一歩
4月のやわらかな風が吹く朝。新しい制服に身を包んだAくんは、玄関でお母さんの手をぎゅっと握ったまま、動けなくなっていました。
周りの子どもたちは、緊張しながらも先生の声に応じて少しずつ保育室へ入っていきます。でもAくんだけは、大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら、「ママがいい!」と叫び続けていました。
保育士の私は、しゃがんで目線を合わせながら静かに話しかけました。「ママはお仕事に行くけど、Aくんが遊んでいる間にお迎えに来るよ。」
その言葉にAくんは首を振りながらも、私の手をそっと握りました。小さな手の温もりが伝わってきて、「この子の中にもきっと頑張る気持ちがある」と感じた瞬間でした。
園内では、泣き声がしばらく響き続けました。給食もほとんど手がつかず、お昼寝の布団の上でも「ママ…」とつぶやく声。私はそのたびに背中をさすり、「泣いていいよ、先生ここにいるからね」と伝えました。
涙を受け止めながら少しずつ心をほどいていく、そんな日々の始まりでした。

涙の奥にある「安心したい」気持ちを見つけて
入園から一週間ほど経っても、Aくんは毎朝涙を流していました。登園時にお母さんと離れるのがつらく、玄関で泣きながら抱きつく姿を見ると、私の胸も締めつけられます。
けれど、お母さんも心を痛めながら「お願いします」と笑顔を作って背を向ける。親子の頑張りが伝わる時間でもありました。
私はAくんが落ち着ける“居場所”をつくることを意識しました。お気に入りのぬいぐるみをそばに置いて、少しずつ声をかける。
「Aくん、今日はブロックであそぼうか」「せんせいと一緒に車つくる?」。最初は涙で返すばかりでしたが、ある日「ブーブー!」と小さく声を出してくれたのです。その瞬間、保育室の空気が少しやわらぎました。
子どもにとって“泣くこと”は、弱さではなく「安心を取り戻すための表現」です。泣くことで気持ちを整理し、信頼できる大人に出会うことで、初めて“自分でやってみよう”という気持ちが生まれます。
Aくんの涙も、確かにその過程の中にありました。

仲間との関わりが生んだ変化——「じぶんでやる」心の芽
5月に入る頃、Aくんの表情に少しずつ変化が見られるようになりました。砂場でスコップを持ったり、絵本をめくったりと、ほんの数分でも遊びに加われるようになったのです。
ある朝、同じクラスのBちゃんが靴を履けず困っていると、Aくんがそっとしゃがんで「ここ、こうだよ」と教える姿がありました。
私はその光景を見て思わず胸が熱くなりました。泣いていたAくんが、今度は誰かを助ける側に回っている。子ども同士のやりとりには、言葉以上の力があります。
Aくんが発した「じぶんでやる!」という言葉には、これまでの涙の時間がぎゅっと詰まっていました。

お迎えに来たお母さんにも、その様子を伝えました。お母さんは目を潤ませながら「朝あんなに泣いてたのに…」と笑顔。
家庭と園がつながる瞬間でもあります。子どもが園で見せた小さな成長を家庭でも共有できること、それが保育の喜びのひとつです。
“泣き虫さん”がくれた保育士への贈り物
Aくんが泣かなくなった日、私はいつものように玄関で出迎えました。ところがその日は笑顔で「せんせい、おはよ!」と一言。私は思わず「わぁ、笑ってるね!」と返しながら、心の中で拍手を送りました。
子どもの成長は、一気に訪れるものではありません。泣きながら、時には立ち止まりながら、それでも自分で進もうとする過程の積み重ねです。Aくんが見せてくれたその姿は、私にとって「待つことの尊さ」を教えてくれました。
子どもたちを見守る中で、保育士自身も成長していきます。焦る気持ちを抑え、「大丈夫、この子は必ず自分の力で進める」と信じる勇気。
Aくんが見せてくれた変化は、まるで私自身へのメッセージのようでした。

“泣く力”があるからこそ強くなれる
泣くことを「恥ずかしい」と感じる大人も多いですが、子どもにとっての涙は生きるための大切な表現です。
安心できる場所で泣けるということは、それだけ信頼関係が育っている証。Aくんが保育園で安心して涙を流せたからこそ、やがて笑顔に変わっていったのだと思います。
最近では、Aくんが新入園児のCちゃんの頭をなでながら「だいじょうぶ、ママすぐくるよ」と声をかけてくれます。
その姿を見て、私は涙が出そうになりました。かつての“泣き虫さん”が、今は誰かを励ます存在に。子どもの成長は、時に大人の心まで癒やしてくれるのです。
家庭と園がつながるとき、子どもの勇気は大きく育つ
Aくんの成長を見て感じたのは、「家庭との信頼関係が、子どもの安心につながる」ということでした。
朝、笑顔で送り出してくれるお母さんの努力、帰り道で「今日は泣かなかったよ」と声をかけるお父さん。その積み重ねがAくんの心を支えていました。
保育園では家庭との連携ノートを通じて、子どもの一日を共有します。「今日はお友だちと砂場でケーキづくりを楽しみました」「泣かずにお昼寝できました」など、些細な記録でも、親にとっては大きな安心材料です。そしてその安心が、翌朝の“がんばってみよう”につながっていくのです。

まとめ|“泣き虫さん”が教えてくれた大切なこと
泣いて、笑って、少しずつ強くなっていく子どもたち。その姿は、どんな言葉よりも雄弁に「人は誰かに見守られて育つ」ことを教えてくれます。Aくんが見せてくれた勇気は、保育士である私の心にも灯をともしました。
泣き虫だったあの頃のAくんがいたから、私は“泣くことを受け止める”ことの意味を深く知ることができました。
保育園は、子どもが安心して泣ける場所であり、やがて笑顔で巣立っていく場所。その過程を一緒に歩めることが、保育士の何よりの喜びです。
今日もどこかで、新しい“泣き虫さん”が勇気を出して一歩踏み出していることでしょう。その小さな背中を見つめながら、私たちは改めて思うのです——「子どもの涙は、未来への出発点」だと。
・・・今日も一日ちはるびより
関連リンク:
・入園初日の涙をやさしく受け止めるヒント
・子どもの「自分でやりたい」を応援する関わり方
・家庭と園で共有したい“泣く力”の大切さ
