節分の日、ずっと泣いていたあの子が最後に笑った理由|保育士の行事エピソード

節分行事が終わった保育室で、保育士のそばに立ち安心した様子の子どもの後ろ姿

節分の日の朝、保育室の片隅で、ひとり静かに涙をこぼしていた子がいました。

鬼が来ることを知ってから、何日も前から不安そうにしていたあの子。 「今日は来ない?」と何度も確認しながら、ぎゅっと私の服をつかんで離れませんでした。

節分行事は、楽しい思い出になることもあれば、怖さや緊張を強く感じる子もいます。 今日は、そんな節分の日にあった、ひとつのエピソードをお話しします。

節分前の保育室で、鬼のお面を少し離れて見ている子どもの後ろ姿。

節分が近づくにつれて、クラスで起きていたこと

節分が近づくと、保育室には鬼のお面や豆入れが少しずつ並び始めます。 楽しみにしている子がいる一方で、表情が曇っていく子もいます。

その子は、製作の時間になると少し距離を取り、鬼のお面をじっと見つめていました。 「こわい…」と小さな声でつぶやくこともありました。

無理に「大丈夫だよ」と言うことはせず、ただ隣に座り、 「怖いよね。」「ドキドキするよね。」と、その気持ちをそのまま受け止めるようにしていました。

鬼が来るその瞬間

節分行事が始まり、いよいよ鬼役が登場する時間。 その子は、私の後ろにぴったりと隠れ、声を押し殺して泣き始めました。

無理に前へ出ることはせず、行事の中心から少し離れた場所で、 抱っこをしながら一緒に様子を見ることにしました。

「ここにいていいよ」 「先生が一緒だよ。」

それだけを、何度も伝えながら。

節分行事の最中、保育士に抱っこされて安心している子どもの様子。

泣いていたあの子の姿

鬼が動くたびに、体をこわばらせていたあの子。 それでも、しばらくすると、少しずつ顔を上げるようになりました。

泣きながらも、遠くで豆を投げる友だちの姿を見て、 「…あれ、なにしてるの?」と、小さな声で聞いてきました。

怖い気持ちは消えていなくても、 “見てみよう”という気持ちが、ほんの少し芽生えた瞬間でした。

小さな変化が見えた出来事

行事が終わり、保育室に戻るころには、あの子の涙は止まっていました。

鬼のお面を片づけていると、そっと近づいてきて、 「さっきの、あおおにさん…ちょっとだけ見た。」と教えてくれました。

そして最後に、にこっと笑ってこう言いました。

「こわかったけど、せんせいがいたから、だいじょうぶだった。」

その笑顔は、とても誇らしげで、少し自信に満ちているようにも見えました。

節分行事後、落ち着いた様子で鬼のお面を見ている子どもの後ろ姿。

節分行事を通して感じた成長

節分が終わったあと、あの子は「泣かなかった子」になったわけではありません。

でも、 ・怖い気持ちを感じたこと ・泣いても守ってもらえたこと ・最後までその場にいられたこと

それらすべてが、その子にとっての大きな経験でした。

行事の中での成長は、「できた・できなかった」では測れないものだと、改めて感じた出来事でした。

行事は「できた・できない」じゃない

節分に限らず、行事が近づくと、 「泣いたらどうしよう」 「参加できなかったら…」 と不安になる保護者の方も多いと思います。

でも、泣いたことも、逃げたことも、見ていただけの時間も、 その子にとっては、すべて意味のある経験です。

保育園での節分の考え方や年齢別の過ごし方については ▶ 保育園の節分って何をするの?の記事で詳しく紹介しています。

鬼を怖がる子への関わり方に悩んだときは▶ 節分の鬼が怖くて泣いてしまう…それって悪いこと? の記事も参考にしてみてください。

夕方の保育室で、窓辺に並んで座る保育士と子どもの後ろ姿。

まとめ

節分の日、ずっと泣いていたあの子が最後に見せてくれた笑顔。

それは、「怖くなかった。」という笑顔ではなく、 「怖かったけど、ひとりじゃなかった。」という安心の笑顔だったように思います。

行事は、強くなるためのものではなく、 気持ちを受け止めてもらう経験を重ねる時間なのかもしれません。

今年の節分が、誰かの心にそっと残る、やさしい一日になりますように。

・・・今日も一日ちはるびより